« 電話の向こうは | トップページ | おサボり明け三本立て »

2010年1月25日 (月)

やさしいひかり

Akaneironoyuuhi 「多くの人に多様に解釈される作品は、すぐれた芸術だということである」

ネットでのある方の文章からのことばですが、なんか自分の中にすとんと落ちて納得できたので、忘れないように、メモ。

確かに、多様な解釈があるということは、その作品がそれだけ多くの人の心に響いたということ。

そして、「一番正しい」ものというのはなく、それぞれの解釈があっていいんだ。多様でいいんだ。

合唱をしていた頃、歌詞の解釈や音の解釈など話し合ったものです。
大人数で一つの作品を表現する場合は、あまりにもかけ離れた解釈だと困るので、ある程度の方向性を決めなければいけなかったんだなあ。

基本的にはそれぞれの解釈があっていいけれど、時には妥協したり歩み寄ったりで、それもまたみんなの声が合わさった時に味になるのかもしれないなあ、などと思いました。

絵は本文とは直接関係ないのだけれど(フジファブリックの「茜色の夕日」をイメージしました)、タイトルは絵からなんとなく出てきたことば。

「やさしいひかり」って、なんかいいなあと思って。

|

« 電話の向こうは | トップページ | おサボり明け三本立て »

コメント

正指揮者になってやっと、自分の方向性が見えてきたとき、授業で英訳が当たったのです。
「芸術は、その作者の手を離れた途端、大衆のものになるのであって、解釈も自由にされてしかるべきである」みたいな訳を、原文のニュアンスよりかなり強めに、発表した記憶があります。笑。

今所属している合唱団の指揮者は、「歌にはそれぞれの全人生が出る」と言います。
味、ですわなぁ~~~

投稿: るる | 2010年1月28日 (木) 10時47分

るるさま。

作品が作者の手を離れた瞬間から、大衆のものになると
いうのはちょくちょく聞いたことがあるのですが、
逆から見て「大衆のものになってこそ芸術」という切り口が
新鮮だったのかも…

確かにそのタイミングでその英訳が当たったら、
力も入るというものですね!
何回か言ってるけど、るるちゃんの指揮で歌いたかった
ものです。
初振りと、フェアウェルでしかないのよね、確か。

私は実のところ解釈というのは苦手で、この絵日記みたいに
曲などはイメージが瞬間に風景のように浮かぶだけで、
それを言葉で具体的に表現したりできないので、
指揮者はじめ技術系の人たちを尊敬してます。

投稿: Q(お返事) | 2010年1月30日 (土) 13時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 電話の向こうは | トップページ | おサボり明け三本立て »