2007年5月15日 (火)

おめでとう、おめでとう。

Bunsankekkon 友人ぶんさんの結婚式に、家族そろって鳥取まで行ってきました。

一言で言えば、とっても楽しい時間を過ごすことができました!

式と披露宴が行われるホテルで、出席予定の友人やぶんさん自身が宿泊したために、当日の夕食や翌日の朝食まで一緒できました。こんなに新郎新婦と話せるなんてびっくりよ。

披露宴では合唱団時代からの友人とぶんさんも加わって、「夢みたものは」と「鴎」をうたいました。

かなえさん…ブーケ作成&撮影お疲れ様!そして感動しいは変わらず、やね。
娘Hちゃん…ベールガール(というのか?)かわいかったよ!また娘と遊んでねえ。
K子…手作りスタイをありがとう!思い出の布で作ってあるのがまたよろし。ワンレン前下がりボブ、似合ってたよ。金八先生と言われてたが…(それは髪を耳にかけるからだ、と美容部サチコが申しておりました)
サチコ…受付&美容番長お疲れです。新婦のネイルを前日(しかも夜遅く)するとは思ってなかったわ。いっぱいしゃべったけど、しゃべり足らんわ~。
フミコ(ふみすけ)…歌番長よかったよ~。ピッチパイプしばらく預かっといてください。それを持って、是非うちにもおいでくださいませ。
ありさん…あの服は砂さまとおそろい?素敵だった~。私は初めてのアルト体験で、今更ながらありさんを尊敬しました。
ちょーさん…うたの中のテナーソロを、その時だけいきなり客席を立ってちょーさんが歌う、という案があったのはちょっとした裏話…(結局フミコが歌ったけど)

そして娘は、披露宴の間退場することなくおりこうさんでいてくれました。体調も機嫌も崩すことなく、皆に抱っこされて愛想を振りまいてくれました。ありがとうね。

ぶんさん、本当におめでとうさん!旦那さんとはとっても自然ないい雰囲気でした。いつか必ず、遊びに行くよ!

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2006年8月 2日 (水)

大分旅行記・その3

7月29日(土)3日目

大分最後の朝。温泉を浴槽に溜めて、無理やり四人で朝風呂に入る。

さっぱりした後、別荘内を片付けて由布院駅へ。駅近くのカフェでモーニングを食べて、駅前で土産物を物色した。由布院駅から直接空港に移動するため、サチコが一足先に帰ることに。残り三人で大分駅まで戻り、そこから私が帰ることに。今度またゆっくりまわってみたいな、大分。

Oita5 さてこの日、私は岡山で途中下車して、友人かなえさん宅に一泊させてもらうことになっていた。岡山駅まで迎えに来てもらい、車で直接かなえさん宅へ。

かなえさんの娘Hちゃん(4歳)も一緒で、かなり成長していたのに驚く。4歳(もうすぐ5歳)の女の子って、もうすっかりレディなのね。会話もたくさんできるし。今行っている習い事(英語とバレエ)についてもいっぱいお話してもらった。

かなえさん宅に到着後、彼女は夕食の準備をすることに。その間、私はHちゃんと遊ぶことにした。ぬいぐるみや絵本を見せたいから、とHちゃんに二階に案内されてしばらく遊ぶ。

Oita6 しばらくして一階に降りる際、はしゃいで階段を走り降りようとするHちゃんに「足元暗いし、気をつけてゆっくり降りて!」と声をかけた。Hちゃんは「落ちたりなんかしないよ~」と答えた直後に、階段を踏み外して五、六段すべり落ちてしまった。
火がついたように泣き出すHちゃん。台所から飛んできたかなえさん。私は落ちる姿を見ていたので説明すると、まあ心配ないだろうとの事。
手に持っていた絵本が階段とお腹の間にはさまって、それですべって下まで止まらなかったようだ。頭も打ってなかったし、手足をひねったようすもなかったし、本人も特に痛むところはなく見たところ怪我もないし、ただただびっくりして泣いているみたい。
聞いたら、階段から落ちたの初めてなんだって…貴重な瞬間に立ち会ってしまった。何もなくてよかったけど、心臓が止まるかと思った。

Oita7 この日は旦那様が泊まりの勤務らしく、かなえさん親子と三人で川の字で寝ることに。夜中、ふと気付くとなぜか私の股の間にHちゃんが転がってきていた。びっくりした~。髪の毛が長いから、ちょっとした貞子のようだったよ。
私がちょっと体を起こしただけでかなえさんが気付き、Hちゃんを移動してくれた。その姿を見て、「母だなあ~」と思ったのだった。私なら熟睡して気付いてあげられないもの。

そして翌日…かなえ宅で朝食と昼食までいただき、Hちゃんともたっぷり遊んでから、岡山駅まで送ってもらう。Hちゃんはお母さんの手伝いもするし、歯磨きや手洗い、うがいなど嫌がらずにするし、しつけがちゃんとできてる子だった。さすがかなえさん…

こうして無事に旅行を終えたのだった。夜には旅行中に取ったデジカメの画像を相方に見せて説明して楽しんだ。

なかなか会えなくて連絡もそんなにしないけれど、久々に会えばまるで昨日まで会ってたのかと思うほどいつも通りの会話ができる。そんな友はいいもんだなあ。今度はいつ会えるか分からないから、一瞬一瞬かみしめて楽しんできたよ。

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2006年8月 1日 (火)

大分旅行記・その2

7月28日(金) 2日目

bun宅で迎えた二日目の朝。
お母様の作った豪華な朝食をおいしくいただき、準備をして出発。

大分駅から電車で由布院駅へ。
由布院は大分より5℃くらい涼しいと言われていたのに、すごい暑さ!梅雨明けした九州は暑さが厳しくなっていた。

Oita3 駅から金鱗湖という湖まで、商店が連なる道をのんびり歩く。
そして、湖の手前にあるお店で昼食。個室になっていていい感じ。ちょっと奮発して懐石風の料理をいただいた。

食後は、金鱗湖の周辺を散策してまた来た道をのんびり戻り、土産物など物色しつつ、アイス休憩をはさみつつ、途中のスーパーで食材を購入して駅方面へ。

今日宿泊するのは、由布院駅からタクシーで15分ほどのところにある貸し別荘。個人の持つ別荘を、旅行会社の手配によりオーナーが使用しない間借りられるようになっているのだ。

Oita4 別荘に到着したのは午後4時半過ぎ。早速掃除をして入浴することにした。浴室は温泉が引いてあって、蛇口から温泉が出るようになっているのだ。
順番に入浴している間に、バーベキューの準備。実は全員バーベキュー初心者ということが判明し(着火剤がないと炭に火がつきにくいということすら知らなかった)不安なまま、あーだこーだとやっていたら、何とか無事に火をおこすことができた。
風呂上りで寝巻きのまま、中にはタオルを頭に巻いたまま、外から丸見えの状態で肉をほおばる私達。外で食べるとなんでこんなにおいしいのだろう。

食後、片付けしてのんびりおしゃべり。話の内容といえば、由布院とは全く関係のないいつもの話題だったんだけれど、それもまた楽しい。
みんな年なのか夜更かしができなくなっていて、23時には就寝。
というか、私がトイレから戻ってきたら電気もつけっぱなしで三人とも爆睡していたのだった。同時に力尽きたのだろうか…

そんな感じで二日目終了。(つづく)

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2006年7月31日 (月)

大分旅行記・その1

というわけで、大分に行ってきました。今日からしばらく旅行記を書きたいと思います。

大分は友人bunさんが住む地。参加者は学生時代からの友人であるK子(香川在住)、サチコ(東京在住)、そして私(滋賀在住)。一日目は三人それぞれが大分に移動して集合、bunさんのお宅(実家)に一泊。二日目は由布院に移動、観光ののち貸し別荘に宿泊。三日目に解散…という予定。

7月27日(木)一日目

鉄道大好きKちゃんは、前日の晩からあこがれの夜行列車に乗って、朝に大分に着いたらしい。サチコは飛行機でお昼に到着。午前中予定のあった私はちょっと出遅れて夕方に大分入り。すでに集合していた三人に迎えられ、bun宅へ。

bun宅でお母様の手作りのおいしい料理をいただいた後、腹ごなしにbunさんの愛犬チロと散歩。この旅は、チロに会うのも大きな目的だった。bunさんと出会った頃から話には聞いていたチロ。やっと生チロに対面することができた。
チロ(雑種)は、十七歳(!)なのに毛つやもよくて足腰もしっかりしている。そしておとなしくて美形。そんなチロをいじめぬくbun。そしてされるがままのチロ。よくぐれなかったなあチロよ…

Oita1 ←近所の公園で異様にはしゃぐ我ら。遊園地のコーヒーカップの手動版みたいな遊具があって、外から高速で回して降りられなくしたり、小学生並のはしゃぎ方をしてきた。夜の公園で本気ではしゃぐ三十路女四人(+犬…)って…

散歩から帰って来てからは翌日の予定を立てる。Kちゃんは事前にガイドブックを購入して、ふせんを貼ったりして熱心に調べてきてくれたのだが、そのガイドブックを忘れてくるというマンガのような失敗をしていた。しかし予習の記憶を頼りに何とか行くところの目星をつける。

由布院の貸し別荘ではバーベキューをする予定。bunさんのご両親にも協力していただき、バーベキューの準備も完了。

客間で四人布団を並べて寝ることに。何だか修学旅行のような、合宿のような、夏休みに親戚の家に泊まりに来たような、とにかく子供になったようななんだかわくわくした気分。

Oita2 しゃべっていたらKちゃんが唐突に寝てしまった。これは困った。
…実はKちゃんは脅威の食欲と消化力でおなじみで、夜中にお腹がすいて目が覚めて寝られなくなることがしょっちゅうあるのである。
bunさんとサチコはそれぞれ別の機会にKちゃんの家に泊まりに行った折、明け方「ぴちゃぴちゃ…」という音に目を覚ますと、暗闇の中、冷蔵庫の前でKちゃんがヨーグルトを食べていた…という恐怖体験を2人ともしているのだった。
そういうわけで、他人様の家の冷蔵庫を物色するわけにもいかないだろうと、常温で食べられるものを枕元に置いておくことにした。ちなみに持ってきたのはバナナとミカンで、置いてみたらお供え色満載になってしまった。

そんな一日目は、大分色がほとんどなかったなあ(お母様手作りの「とり天」や、久住高原のヨーグルトをいただいたが。)…さて、これからどうなる四人のへっぽこ旅。
(つづく)

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2006年6月11日 (日)

図解・B号室

忘れた頃に、また岡山時代の下宿話を。

下図は、私の住んでいたB号室のようすである。エアコンが付けられなかったので、夏冬はつらかった。そして、実際のところはものすごく散らかっていた。おもに服と書類と小物で。(私は片付けられない女…でも生ゴミはためません。)

テレビや机がある方の隣は友人Kちゃん宅で、私達のお約束として「部屋にいる?よかったらおいでよ」の意味で壁をたたく、というのがあった。誘われた方は壁をたたき返してからおじゃまする、という。この壁たたきを我々は「内線」と呼んでいた。

こんな狭いところによく皆で集まったなあ。本格的なガス式たこ焼き器(私のじゃないんだけど…)を使ってのたこ焼きパーティーは、大体うちで開催していた。Gesyukuheya

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2006年5月26日 (金)

懐かしき時代

最近日記に書くような出来事も無く、どうしようかなと思っていたら友人bunさんの記事に触発されたので、思い出でも書こうと思う。

思い出というのは下宿についてなのだが、私が徳島から岡山に出てきて結婚するまでの人生はこの下宿無くしては語れない。

下宿の名はイ○ダ荘。二階建てで、部屋の号数はアルファベット。そして各部屋のドアの色が少しずつ違ってカラフル。(下図参照。記号の色がドアの色。)お風呂は共同で、キッチン、トイレは各部屋についている。

この下宿に集ったメンバーの共通点は、「大学のサークル仲間」。全員が一緒に同時期に住んでいたわけではないのでメンバーの変遷をまとめてみた。

第一期…KちゃんがF号室に住む。

第二期…一年後、県外に進学することになったKちゃんと入れ替わりに、bunさんがD号室に入居。bunさんはこれまでの下宿が大学から遠すぎたための引越しであった。

第三期…さらに一年後、岡山に就職が決まったKちゃんがC号室に入居、そして前の下宿の取り壊しにより引っ越さざるをえなくなったフミコがB号室に入居。これにて、B,C,D号室並んでの三人のへっぽこ共同生活が始まる。ちなみに私はこの時は別の下宿で、よくここに入り浸っていた。

第四期…その二年後、大学卒業と同時に故郷へ帰るフミコと入れ替えに、ギリギリで就職が決まり、急遽岡山に残ることになった私がB号室に入ることに。新たな三人でのトンチキ共同生活が始まる。

第五期…三年後、関東の大学に編入することにしたbunさんがD号室を出ることに。

第5.5期…その後半年間だけ、サークルの後輩れいちゃんがD号室に入居。結婚準備のための一時的な入居であった。

第六期…bunさんが出てから三年後、Kちゃんが転職のためC号室を出ることに。ついに私一人になる。私はこの一年後結婚のために出ることに。

…まとめたら結構長い歴史だなあ。

三人(または二人)でいたときは、しょっちゅう集まってただただしゃべるばかり。(普段はあまりお酒を飲まないので、もっぱらコーヒーとお菓子で晩酌。)たまには仲間を呼んでたこ焼きパーティーをしたり、近くの公園に花火をしに行ったり…

私は結婚式の朝、この部屋から婚姻届を出しに行き、その足で結婚式会場に行ったので、まさにこの下宿から嫁に行ったという感じ。

そんな思い出の下宿での濃い日々、これからもちょくちょく思い出を書いていきたいなあと思う。

Imadamitorizu 図の二階の部屋番号はもしかしたらずれてるかも。二階はあまり詳しくないので…

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